これくらいで済んでよかった
2021年08月02日 月曜日
先日、ス-パ-に買い物に行ったときに混んでいる幹線道路を避け、住宅街の道を通り抜けて行きました。その道は狭く車同士のすれちがいもできません。その上、デコボコしていましたので車がガタガタ音をたてていました。「いつまでこの道はデコボコなんだろう、早く舗装すればいいのに!」と思いながらハンドルを握っていました。車がガタガタするのなら私がスピードを落とせばよかったのでした。私がその道を通らなければよかったのでした。つい、他者に責任を求めていました。
今年就職した長男がまだ小さいころのことです。妻が長男を連れて出かけていました。お母さんの手を離して前に行ったり、後ろに行ったりしながらついて行ってました。ちょっと目を離した隙に長男が見えなくなりました。すぐに道路わきを見ると長男は側溝に落ちてしまったのでした。深さは子どもの胸のあたりまでありました。さいわい水が溜まっていなかったのでかすり傷ですみました。その晩、私が帰ってから「もし、水が流れていたらと思うと・・・、かすり傷では済まなかった・・・、ほんとうによかった。これから気をつけて歩かなくちゃ。」と安どした表情で話してくれました。当時住んでいた地域では、蓋のない側溝が当たり前のようにあったのでした。
自分にとって不都合にあった時にどんな思いになるのでしょうか。他者にその原因を求めるのでしょうか、それとも自分自身を反省して心を調えるのでしょうか。さらに、これくらいで済んでよかったと思うのでしょうか。
園長
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