すべてが有り難い
2019年01月30日 水曜日
主人の母は、今年、年女です。いのしし年の96歳、今でも洗濯をしたり、掃除をしたり、しっかりと身の回りのことができます。多少物忘れが増えてきたので、炊事で火を使う事だけが心配です。
デイサービスは週1回。周囲の家族は「もっと回数を増やそうか」と相談しますが、母は「これでも忙しいのよ。片づけするところもたくさんあるし」とまだまだ現役です。
物忘れがひどくなってきたことは自覚しており、自分でもよく「大分ぼけてきちゃったわ。でも年相応ね」と言っています。そして「ぼけてきて有り難いわ」と言います。
その理由は『ぼけることにより、いろいろなことが分からなくなるため執着心がなくなり、子どものような純真な心になれる。そうすると仏さまの元へ行ける』ということだそうです。
人間は、生老病死から逃げることは出来ませんが、母は老いや病気を『苦』とは捉えておらず、常にすべてに対し「有り難い」に変えていきます。以前入院した時も、「長年使った体だから疲れちゃったのね。今までよく頑張ってくれたと思うと有り難いわ」と話していました。
そんな母の生き方を尊敬しています。これからもたくさんの「有り難い」話を聴かせていただき、私の指針にしていきたいと思っています。
保育主任
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