◆5月19日(木)の子どもたち
2016年05月19日 木曜日
◆様々な場面の宝物 (つぼみ)







園庭に行くと、それぞれのお気に入りをめがけて出ていきます。お気に入りは毎日一緒だったたり、その日の気分でみつけたり。といろいろです。
最近子ども達は「たのしいことセンサーが」発動し始めたようで、友達が何か楽しそうなことをしていたり、楽しそうなものを見つけていると、何かわからなくてもわらわらと集まってくるようになりました。今までは各々好きなように遊んでいて、あまり周りに流されることなく黙々と。という感じでいたが、「なにしているんだろう?」と気付くようになった事は視野が広くなってきたことと、興味関心が広がってきたことがわかります。
園庭へ行き、ボールのほしかった子が倉庫の前に居て保育士にボールを出してもらっているのを見て気付いたらたくさん集まってきていました。「あれ とってー」「あー」「ちょうだいー」「んん」とそれぞれのアピール方法でちょうだい。と言っていました。ボールやフラフープを手にすると満足げに走り出します。
フラフープを手に入れた子たちが電車ごっこを始めました。初めは2人だったのに、気付くとひとり、ふたりと乗客が増えていました。大きなフラフープに何人も乗ると意志の疎通が大変です。みんながみんな別の方向へ行こうとするので、あっちへこっちへとヨタヨタヨタヨタ。一度声をかけてみると、なんとなく同じ方向を向いて歩きだしましたが、ヨタヨタ運行は変わらずです。
「がたん・ごとん」の掛け声が聞こえてきて「こっち」「あっち」と行きたい方向を指さしていると、水路の溝が現れました。難関です。ゆっくりゆっくり溝を歩きます。一人で歩くより難しく、みんな真剣。見事にずるっと溝に落ちました。みんなケラケラ大笑いでした。
そんな珍道中な電車ごっこもしばらくすると乗客がいなくなり終了しました。
トランポリンもここのところ人気で、ジャンプが上手にできるようになってきた子が増えたのでぴょんぴょん嬉しそうにとんでいます。保育士や友達と手をつないでジャンプして、笑い声が響いています。
子どもたち同士、顔を見合わせてニコニコ笑う姿がよく見られるようになってきた今日この頃です。
(K*S)

◆大聖堂までお散歩 (きく)




朝、お部屋で遊んでいる時、保育士がぬいぐるみを布団に寝かせて遊んでいました。その光景に興味をもった◎君と保育士の会話です。
「なんでくまさんねんねしてるの?」「お腹が痛いみたい」「なんでお腹いたいの?」「なんでだろう?」「なんで痛くなっちゃったんだろう。あっ、食べすぎちゃったんじゃない?」「そうか~美味しいもの食べすぎてお腹が痛くなっちゃったのか。お腹すりすりしてあげたらなおるかな?」「なんですりすりするの?」「痛いからすりすりすると治るかと思って」「なんでなおるの?」「なんでだろう」「一緒にすりすりする。おおかみさんもお腹痛くなったって」と◎君の不思議に思う事がどんどん引き出されました。
「なんでだろう?どうしてだろう?」と疑問に思う事が沢山出てくる時期ですね。1つ1つをしっかり聞き、答えを出すのではなく、一緒に考えることによって考えて経験し想像する力が養われていきます。子どもたちのなんで?どうして?は面白い回答ばかりです。こんな風に考えられるんだ、可愛い考え方だななど新しい成長を感じられるかもしれません。
園庭では、今日もヤマモモの実を集める姿や太鼓橋に挑戦する姿が見られ元気いっぱい遊んでいました。△ちゃんと〇ちゃんはヤマモモの実を真剣に集めていました。集める事が一段落するとウッドデッキに腰かけて休憩。その時一緒のウッドデッキに座っていたふじ組の子がいました。
そろそろご飯の時間になり、保育士がふじ組の子に声をかけてお部屋に行こうと誘いますが、いかないと首を振りウッドデッキから立とうとしませんでした。その様子を見ていた△ちゃんと〇ちゃんがその子の前にしゃがみ優しく声を掛け始めました。そして3人で手をつないでふじ組保育室へ。一瞬でふじ組の子の気持ちを変え保育室までつれていってくれた2人の優しさに脱帽でした。
その姿を見て普段は甘えてばかりの2人ですが、立派なお姉さんだなと改めて感じました。素晴らしい成長です。
(K☆H)

◆ 青空の下で (うみグループ)
最近、暖かい日には裸足になって園庭で遊ぶ子どもたちが増えてきました。
今までは、園庭に出てしばらくしてから「裸足になってもいい?」と聞いてくる児がいたのですが、今日は出る前から「今日は裸足にする」と言っていて、園庭にでると「自由だー」と言いながら飛び跳ねて、開放感を全身で喜んでいました。
裸足で向かった先はコンビネーションがある方の砂場でした。
ここの砂は粘土気質で泥団子を作るのに適しています。
以前にも子ども達に話をしたことがあり、覚えていてくれたようです。
女の子が集まり、綺麗な泥団子屋さんを開くと、おひさまグループの友達が遊びに来てくれました。
「これは見本なので、こちらどうぞ」と言っているのも聞かずに持っていこうとするので、初めは注意する児もいたのですが、どんどん来る小さな友達に結局全てをあげることができ、「完売になっちゃった」と言いながらも、満足そうな表情を見せてくれました。
一方で、男の子達が作っている泥団子は、ぴかぴかの泥団子でした。
「誰が一番ぴかぴかになるかな?」と言いながら作りはじめたのですが、カチカチに固くするのが中々上手くいかず、上手に作れていた〇くんが皆の仕上げをしてくれていました。
綺麗にできたのはビニール袋に入れ、これから磨いていきます。
泥水の感触や、最後に洗うタライの少しの水も、子ども達はとても喜んでいました。
暖かな季節の心地よい自然に沢山触れて、子どもと一緒に楽しみたいと思います。(B・K)


◆ テーマを変える (にじグループ)

室内でも園庭でも子供達はおもちゃの持ち運びをして遊ぶ事があります。
ゾーンごとに分けてはいるのですが、何故このゾーンにこの玩具が落ちているのだろうか、何故このゾーンでこの玩具を使っているのかそんなシーンは少なくありません。
何にせよ子供達の遊びが繋がった事、今の遊びではなく新しい刺激や遊びを求めているからこそ、そのような行動が見られる事も一つあります。
先日、年中児が「おままごとぐちぐちゃだから変えたほうが良いんじゃない?」と言いました。
ぐちぐちゃだとダメなのか?ふと自分の感覚と照らし合わせた後、自分の発言とも照らし合わせました。ぐちぐちゃ…。少なくとも大人の環境設定、整え方、感覚の中にいる子供達に、大人の行動、感覚、振る舞いが影響している事を忘れないでおきたいと思っています。
おもちゃが散らかっている、出しっ放し…そんな時もあります。少し、しまい方やしまう場所を変えるだけで子供の姿に変化が見られたりもします。
先日保育者同士で、どうしてこんなに散らかしてしまうのだろうか?片付けないのは何故だろう?と会議をし、自分自身も考え込む日もありました。
その事だけに囚われているとその事の原因が全て子供にあるのではないか?片付けていない子供の姿ばかりが目に浮かび、片付けない子供の姿ばかりが目につきます。
話し合うテーマが暗いとマイナスな事象しか出ず、変わらない自分の色眼鏡は外す事が出来ませんでした。
そこで、テーマを変えると、明るく前向きになるような感覚を忘れている事に気づきました。
どうして散らかすのか?散らかさない方法は?ではなく、その姿は何を意味するのか?とテーマを変える事で子供のその姿はとても活気に満ち溢れていること、色んな玩具に手を出せるようになった子供達が増えた事、集団が広がり玩具の使う量もこぼれ落ちる量も増えた事、遊びたい気持ちが玩具のレベルを上回っているなど想像は尽きません。
そして、散らかしてしまった子供達に片付ける事の大切さを伝えてばかりいた事。散らかしてしまった後の姿まで見てみる事、反対に片付けている瞬間を見て褒める事が出来ていたか、子供の「輝いている所」を見つけられていたかと考え込むと道は開けました。大人都合の感覚の中でいかに輝いている瞬間を見つけられるか。
大人都合の考えに至った時に、自分に矢印を向けられていたか?と振り返る大切さを感じます。
k★y
◆
Posted in 園のこだわり