合掌とは「相手を尊重し貴方にすべてを任せます」
2013年02月07日 木曜日
胸の前で、「合掌する」ことは相手尊重し貴方にすべてを任せますという意味があります。合掌は仏教保育を、「見える化」したものです。
保育現場は季節感があり、憧れや笑い、未来、喜び、子どもから学ぶ、など毎日が新鮮な場所です。保育者が大切にしたいことは子どもの代弁者、遊びを保障する、子どもを守る、子どものモデルになる、周りとの協調性、保護者との信頼関係、素直さ、謙虚さ、試行錯誤、共に育つ気持ちなどです。
保育は人なり、保育者の所作ふるまいを子どもは敏感に感じています。あいさつとは、お互いが心と心を開くための第一歩、社会生活の基本です。我が強いと挨拶ができないことがありますが、お釈迦様は人(相手)は自分の思うとおりにならない、四苦八苦、好きな人と別れなければならない苦しみ、嫌な人と会わなければならない苦しみ、欲しいものが手に入らない苦しみ等が人生にあることを悟ることを説いています。
日々の生活の中にある「当たり前」を見直すと、今あることが当たり前ではないのだと謙虚に考えられるようになります。驕慢な心があると様々なことを当たり前だと思いがちです。たとえば、雪が降った道を雪かきしてある場所を見るとき、雪かきをしてくださった方のことを思える見方ができる自分でありたいものです。
「おそすぎないうちに」という歌を小学校の卒業式で歌われています。歌詞に、『今あるすべてのものは当たり前なんかじゃなく、今あるすべてのものが奇跡的にあるとしたら、君はどうやってそれを守るだろう』というフレーズ、生かされているという奇跡的な自分たちを自覚すると有難さと勇気が湧いていきます。
保育は一人ひとりの子どもにある背景(主に家庭などの環境)を大切にしていくことが大切です。仏教保育園の中心にみ仏さまはあります、仏像や絵像の偶像がみ仏さまではありません、目に見えない真理のはたらきがあるのです。合掌は目に見えないものを感じ取ろうとする入口だと思います。強制することではありませんから、保育者が手本を示すことです。
仏教における食事作法は、「いのちをいただく」ということです。衣食住の中でも食べることはとても重要なことです。保育現場での食事においては、「合掌」してから頂くことが大切です。育子園では食前感謝の言葉、「み仏様、自然の恵み、多くの人に感謝して、いただきます」を唱えています。
Posted in 前園長(11代)須田 益朗の実践ブログ